
一人の母親の切実な声
「松尾さん、来年うちの子が成人を迎えるんです。でも最初から成人式に参加できる選択肢すら存在していないんです」。
ある日、松尾議員のもとに、日頃から付き合いのある女性の支援者Aさんから悲痛な相談が寄せられました。彼女の息子さんは、県立特別支援学校に通っていた障がいを持つ子どもでした。松戸市には3つの特別支援学校がありますが、伝統校の2校には同窓会組織があり、学校を会場に成人を祝う仕組みが代々受け継がれていました。しかし、新設の矢切特別支援学校にはその同窓会がなく、卒業生だけが地域で取り残され、成人式を諦めるしかない不条理に置かれていました。
一方、松戸市の成人式でも、障がいを持つ子どもたちのために、会場後方にガラス張りの席を用意するなど、一定の配慮はされていました。しかし、発達や知的、重症心身障がいなどを持つ子どもたちにとって、参加は容易ではありません。大勢の人前に出ることや長時間座ることへの不安、急な環境の変化に対する負担、さらには医療的ケアへの対応など、家族にとっても精神的にも肉体的にもハードルが高く、「参加すること自体が、最初から選択肢にない」のが実情でした。
閉ざされた扉と、立ち上がる決意
「なんとか、この子たちに成人の節目を祝ってあげられないか」。 松尾議員はAさんと共に、県立の矢切特別支援学校などに掛け合いましたが、卒業後の生徒のために学校で成人式を開催することは制度上難しく、扉は閉ざされたままでした。
「誰もやってくれないなら、私たちがどこかでやってあげたいんです」。 わが子への深い愛情と、同じ境遇の仲間たちを思うAさんの熱い思いに触れ、松尾議員の胸に火がつきました。「よし、絶対にこの願いを叶えよう。まずは場所探しだ」。
場所確保へ奔走
場所探しが難航する中、Aさんがふと、子どもが幼い頃に通っていた市の健康福祉会館「ふれあい22」に、ホールがあったことを思い出しました。
「松尾さん、あそこのホール、借りられないでしょうか?」。その声を受け、松尾議員はすぐに市の担当部署へ走りました。通常、市の施設はさまざまな用途で使われるため、個人や一団体が独占することは容易ではありません。しかし松尾議員は、お母さんたちの切実な思い、障がいを持つ子どもたちが成人を迎えることの重みを、担当者に必死に訴えかけました。
すると、その熱意が伝わり、行政の壁が動いたのです。「事情は分かりました。そういう理由であれば、使っていただいて構いません」。しかも、飾り付けなどの準備ができるよう、成人式当日に加え、前日から2日間まるまる貸し切るという特例の許可を勝ち取ったのです。
涙と笑顔があふれた「手作りの成人式」
「場所が確保できました!」。松尾議員からの知らせを聞き、Aさんは歓喜しました。彼女が周囲のお母さんたちに「成人式できるよ!」と伝えると、反響は想像以上でした。
「うちの子も参加させてほしい!」「私も行きたい!」。長年、心の中に同じ思いを抱えていたお母さんたちから次々と声が上がり、さらに当時の恩師である学校の先生たちも「あの子たちの晴れ姿を見たい」と駆けつけてくれることになったのです。
迎えた成人式当日。会場の「ふれあい22」には、手作りの温かい飾り付けが施され、新成人の子どもたち、目を赤くしたお母さん、お父さん、そして先生たち、合わせて80人近くの人々が集いました。誰の目も気にすることなく、自分たちのペースで、心からの祝福に包まれた最高の成人式。会場は、成長したわが子の晴れ姿を見つめる親の涙と、子どもたちの弾けるような笑顔であふれていました。
次世代へ繋がる希望と、新たな挑戦
Aさんの働きかけによって、この手作り成人式には、翌年成人を迎える後輩のお母さんたちも見学に訪れていました。彼女たちはその光景に感動し、「私たちも来年、絶対にやりたい!」と決意。早くも翌年の同じ日に向けた会場予約の確保はもちろん、手作り成人式の実現に向けた様々な準備や調整にも、引き続き松尾議員が寄り添い、共に歩んでいくことになりました。
一人の母親の小さな声から始まった奇跡は、新たな伝統になろうとしています。しかし、松尾議員の戦いはここで終わりませんでした。「どうしても会場に来られない重度の子どもにも市の成人式を見せてあげたい」。そう考えた松尾議員は、コロナ禍で一度行われ、その後廃止されていた「成人式のライブ中継」の復活を市議会で力強く提案。市から「前向きに検討する」との答弁を引き出し、新たな予算化への道筋を切り開いたのです。
誰も置き去りにせず、誰もがきがねなく成人式に参加でき、人生の大切な節目を祝える社会へ――。松尾議員の挑戦は今も続いています。
